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大阪地方裁判所 昭和47年(ワ)368号 判決

原告

前川勇次郎

ほか二名

被告

株式会社北極販売

ほか二名

主文

被告株式会社北極販売は、原告前川勇次郎に対し、金二六九万三九三二円およびこれに対する昭和四七年二月九日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

被告大正海上火災保険株式会社は、原告前川勇次郎の被告株式会社北極販売に対する本判決が確定したときは、原告前川勇次郎に対し、金二六九万三九三二円およびこれに対する昭和四七年二月九日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告前川勇次郎の、被告株式会社北極販売、被告大正海上火災保険株式会社に対するその余の請求、および同原告の被告株式会社北極に対する本訴請求をいずれも棄却する。

原告前川勇造、原告前川和子の、被告らに対する本訴請求を、いずれも棄却する。

訴訟費用は、原告前川勇次郎と被告株式会社北極販売、被告大正海上火災保険株式会社との間に生じた分は、これを一〇分し、その七を右原告の負担とし、その余を右被告らの負担とし、原告前川勇造、原告前川和子と右被告らとの間に生じた分および原告らと被告株式会社北極との間に生じた分は、すべて原告らの負担とする。

この判決は、原告前川勇次郎勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

被告らは各自、原告前川勇次郎に対し九五〇万五五〇二円、原告前川勇造に対し三〇万円、原告前川和子に対し二〇万円、および右各金員に対する昭和四七年二月九日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は、被告らの負担とする。

仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁(被告ら三名)

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

第二請求原因

一  事故の発生

1  日時 昭和四三年一〇月二六日午後五時三〇分頃

2  場所 八尾市南本町一丁目一五六番地先交差点(以下本件交差点という)上

3  加害車 小型貨物自動車(登録番号大阪四ほ一三五九号)

右運転者 訴外土田義男

4  被害者 原告前川勇次郎

5  態様 被害者が自転車に乗つて、青信号に従い、本件交差点を南から北に横断中、東進してきた加害車に横から跳ねとばされた。

二  責任原因

1  運行供用者責任(自賠法三条)

(一) 被告株式会社北極販売(以下被告北極販売という)は、加害車を所有し、自己のために運行の用に供していた。

(二) 被告株式会社北極(以下被告北極という)は、加害車を業務用に使用し、自己のために運行の用に供していた。

2  使用者責任(民法七一五条一項)

被告北極は、訴外土田義男を雇用し、同人が同被告の業務の執行として加害車を運転中、前方注視を怠り、赤信号を無視して進行した過失により、本件事故を発生させた。

3  保険金請求権の代位行使(民法四二三条)

(一) 被告大正海上火災保険株式会社(以下被告大正海上という。)は、被告北極販売との間で、加害車につき、被保険者を同被告とし、保険金額を一、〇〇〇万円とする、自動車対人賠償責任保険契約を締結していたものであり、本件事故は、右保険の保険期間中に発生した。

(二) 被告北極販売は、無資力である。

(三) よつて、原告らは、被告北極販売に対する前記損害賠償請求権に基づき、同被告の、被告大正海上に対する保険金請求権を、民法四二三条により代位行使する。

三  損害

1  受傷、治療経過等

(一) 受傷

原告前川勇次郎(以下原告勇次郎という)は、頭部外傷第Ⅱ型外傷性頸部症候群の傷害を受けた。

(二) 治療経過

原告勇次郎は、昭和四三年一〇月二六日から昭和五〇年一月三〇日までの間通院を余儀なくされたが、その内訳は次のとおりである。

実通院日数 合計 一二一日

貴島中央病院 二日

大阪赤十字病院脳神経外科 一一〇日

同病院皮膚科 七日

同病院眼科 二日

(三) 後遺症

外傷性頸部症候群、脳波異常等による頭痛、不眠、発熱、性格異常等後遺障害等級表七級に該当する後遺症を残した。

2  原告勇次郎の治療関係費

(一) 治療費 五三万三九四一円

(1) 応急手当費等(自賠責保険からの支払分) 三七万六八六六円

(2) その他の療養費(原告勇次郎負担分) 一五万七〇七五円

(二) 通院付添費 一八万一五〇〇円

前記通院日数一二一日につき、原告前川勇造(以下原告勇造という)、または原告前川和子(以下原告和子という)が、付添つた分を、一回につき一五〇〇円とする。

(三) 通院交通費 二万九九二〇円

前記通院回数のうち、一一〇回は電車によるもので、一回につき一八〇円(付添人の電車代を含む)計一万九八〇〇円を要し、残りの一一回は深夜に発作が起きたためタクシーによるもので、計一万〇一二〇円を要した。

3  原告勇次郎の逸失利益 四五四万六〇六二円

原告勇次郎は、前記後遺障害のため、将来稼働可能年令に達した後も、その労働能力を少くとも三五%喪失したままの状態が継続するものと考えられるところ、同原告の就労可能年数は、同人が一八才に達したときから四五年間と考えられるから、同人の将来の逸失利益を、昭和四四年度賃金センサス新高卒者の平均給与月額四万七八〇〇円、年間賞与一六万四八〇〇円を収入額算定の基礎とした上で、年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、四五四万六〇六二円となる。

算式(四七、八〇〇×一二+一六四、八〇〇)×(二五・五三五三-七・九四四九)×〇・三五=四、五四六、〇六二・九七六

4  原告らの慰藉料 原告勇次郎につき五五〇万円、同勇造、同和子につき各三〇万円宛、

原告勇次郎は、本件事故により、六年半に及ぶ通院を余儀なくされ、その間発作の繰り返しと頑固な頭痛に悩まされて、学校の勉強もできず、今なお欠席日数ばかりが増えていく状態である。しかも右のような症状は、今後治癒する見込は全くない。

また、原告和子は、同勇次郎の母親としてその将来を案じ、毎日眠れず泣き暮らしている状態であり、原告勇造は、同勇次郎の父親として、心労のあまり、病気になつた。

以上のような、原告らが本件事故により被つた精神的苦痛を慰藉するには、原告らそれぞれにつき、前記金員をもつて相当とする。

5  原告勇次郎の弁護士費用 五〇万円

四  損害の填補

原告勇次郎は、自賠責保険金から五〇万円の支払を受け、うち三七万六八六六円は、前記三の2の(一)の(1)の治療費に充当し、その余を同原告のその他の損害に充当した。

五  本訴請求

よつて原告らは、被告北極販売に対しては自賠法三条に基づき、被告北極に対しては、自賠法三条または民法七一五条一項に基づき、また被告大正海上に対しては、自動車対人賠償責任保険契約に基づく保険金請求権の、民法四二三条による代位行使として、それぞれ請求の趣旨記載のとおりの判決(ただし原告勇次郎、同和子については内金請求)を求める。

第三請求原因に対する被告らの答弁

(被告北極販売・同北極)

一の1ないし4は認めるが、5は否認する。

二の1の(一)は認めるが、同(二)は否認する。

二の2はすべて否認する。

三は不知。

四は認める。

(被告大正海上)

一の1ないし4は認めるが、5は否認する。

二の1の(一)は認める。

二の3の(一)は認める。

三の1は不知。2ないし5は否認する。

第四被告らの主張

(被告ら三名)

一  免責

本件事故は原告勇次郎の一方的過失によつて発生したものであり、訴外土田義男には何ら過失がなかつた。かつ加害車には構造上の欠陥または機能の障害がなかつたから、被告らには損害賠償責任がない。

すなわち、土田義男は加害車を運転して本件交差点西側の道路を東進し、同交差点手前において信号が赤のため所定の停止線の手前で一時停止し、その後信号が青に変つたので発進を開始したところ、原告勇次郎が赤信号を無視して右方(南方)より、自転車に乗つて突進してきたため、本件事故が発生したものである。なお本件交差点の南西角には、建物が道路いつぱいに建つているため、土田から見て右方に対する見通し状況は極めて悪かつた上に、事故当時はすでにあたりが暗くなつていたにもかかわらず、原告勇次郎は無灯火で進行してきたものであり、これらの事実からするならば、本件事故は、全面的に原告勇次郎の右のような過失によつて、ひき起されたものというべきであつて、加害車の運転手土田義男には何ら過失はなかつた。

二  過失相殺

仮に免責の主張が認められないとしても、本件事故の発生については原告勇次郎にも右一記載のとおり赤信号無視等の過失があるから、損害賠償額の算定にあたり過失相殺されるべきである。

三  時効

被告北極、同北極販売は、本件事故の直後から原告らと右事故についての示談の折衝を始めたのであるから、原告らは、事故発生日の当日である昭和四三年一〇月二六日において、すでに本件事故の加害車および本件事故による損害の発生を知つたものであり、原告らの右被告らに対する、本件事故に基づく損害賠償請求権は、前同日から三年を経過した昭和四六年一〇月二五日をもつて時効により消滅した。

被告ら三名は、本訴において、右時効を援用する。

(被告大正海上)

四 保険金請求権の未発生、未確定、履行期未到来

本件においては、以下に述べるとおり、原告らによつて代位さるべき具体的、現実的な保険金請求権は未だ発生していない。

すなわち、本件契約の内容である自動車保険普通保険約款(以下単に約款という)は、その第二章の賠償責任条項第一条において、保険金請求権の具体的、現実的な発生のための二要件を定め、加害者と被害者間のいわゆる責任関係については、「被保険者が法律上の損害賠償責任を負担すること」、被保険者と保険者間のいわゆる保険関係については、「賠償責任条項および一般条項に従つて填補する損害額を定めること」と規定しており、そして、右責任関係における「被保険者が法律上の損害賠償責任を負担すること」という要件については、実務の約款解釈上、被保険者敗訴判決の確定、または保険者の承認ある示談の成立を意味するものとして運用がなされ、今やそれは商慣習法化しているものである。しかるに本件では、右責任関係すら未だ確定していないのみならず、保険関係上填補されるべき損害賠償の額も確定していないのであるから、原告らによつて代位さるべき具体的、現実的な保険金請求権は未だ発生していないか、あるいは少なくとも、その権利行使をなすべき前提を欠くものといわねばならない。

なお、右のようにして確定された保険金請求権も、約款により、さらに、被保険者が保険会社に対し、約款所定の手続(一定の期間内における、保険金請求書等の提出)を行うことによつて初めてその履行期が到来するものであるから、現在給付の訴として、本件保険金請求権の履行を求める原告らの本訴請求は、この点よりしても失当である。

五 代位要件の不存在

民法四二三条に基づく債権者代位権は、債務者の権利不行使を要件とするところ、本件では債務者たる被告北極販売から、第三債務者たる被告大正海上に対して、本件事故につき適正査定の上、保険金を支払つて欲しい旨の要求が既になされている。また被告大正海上は、加害者被害者間の適正な示談の成立または加害者敗訴の判決が確定した場合には、保険金を支払う意思と能力を有しているから、この点からしても債権者代位の必要性を欠くものである。

第五被告らの主張に対する原告らの答弁

一、二は争う。原告勇次郎はあくまで青信号で本件交差点に進入したものであるが、仮に、土田運転の加害車が、信号が青に変つた後に発進したものであるとしても、従前の信号に従つて渡り切れなかつた車両等が、なお前方を横断するであろうことは十分予測可能なのであるから、いずれにしても、右土田の過失は大きいものといわねばならない。

三は争う。すなわち、被告ら主張の示談の折衝にあたつたのは、被告北極の関係者と称する者であり、同人らは、土田義男が同被告の従業員で、加害車もまた同被告の所有である旨述べていたのであつて、原告らは、昭和四六年一〇月二四日、葛城簡易裁判所に被告北極を相手方として本件事故についての調停を申し立るまでは、被告北極販売が本件事故の加害車であることを知り得ない状況にあつた。そして原告らは右調停申立後に被告北極販売が加害車であることを知つたのであるから、同被告に対する消滅時効の起算点は、右調停申立日以後である。

また、被告北極についての時効は、右調停申立により中断された。

四・五は争う。

理由

第一事故の発生

請求原因一の1ないし4の事実は当事者間に争いがなく、同5の事故の態様については、後記第二で認定するとおりである。

第二責任原因

一  被告北極販売の運行供用者責任

請求原因二の1の(一)の事実は、当事者間に争いがない。従つて被告北極販売は、自賠法三条により、後記免責または時効の抗弁が認められない限り、本件事故による原告らの損害を賠償する責任がある。

二  被告北極の運行供用者責任または使用者責任

原告らは、被告北極が加害車を業務用に使用し、自己のために運行の用に供していた旨主張し、あるいは、被告北極が訴外土田義男を雇用し、同人が同被告の業務の執行として加害車を運転中本件事故を発生させた旨主張するが、右各事実は、いずれもこれを認めるに足りる証拠がない。もつとも〔証拠略〕によれば、本件事故後土田義男が原告ら方に見舞に行つた際、自分は被告北極の従業員である旨述べたこと、被告北極の従業員であつた河原潔や中戸脩之が本件事故による損害に関する原告らとの示談交渉に当つていることが認められるけれども、他方、〔証拠略〕によれば、被告北極は厨房器具の製造会社であり、被告北極販売はその販売会社であつて、本件加害車は専ら被告北極販売の業務用に使用されていたこと、土田義男は被告北極販売の従業員であつたが、同人は右両被告が製造会社と販売会社の関係にあつて、その事務所も同一場所にあつたことなどから、事故後見舞に行つた際右両者の名称の区別を明確に意識せずに自分が被告北極の従業員である旨申述べたものであることが認められ、〔証拠略〕によれば、同人ら被告北極の従業員が本件事故の示談の交渉にあたつたのは、被告北極販売の従業員は販売業務を行うものが主体で、一般事務を行う者がほとんどいなかつたため、臨時に被告北極販売の業務を手助けして代行したものであることが認められるので、土田義男が原告勇造に対し自己が被告北極の従業員である旨述べた事実や、被告北極の従業員が本件示談の折衝に当つた事実をもつて、原告主張の、被告北極が加害車を業務用に使用し、自己のために運行の用に供していた事実あるいは被告北極が土田の使用者であつた事実を推認することはできず、他に右原告主張の事実を認めるに足る証拠はない。

よつて、原告らの、被告北極に対する本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく失当である。

三  免責の抗弁について

〔証拠略〕を総合すると、次の事実を認めることができる。

1  本件事故現場は、東西に通じる幅員約六・五メートルの道路(以下本件道路という)と、南北に通じる幅員約五・一メートルの道路(いずれの道路も歩車道の区別はなく、またアスフアルト舗装されている)とがほぼ直角に交る、信号機により交通整理の行なわれている交差点(本件交差点)内であること。

2  本件交差点への各入口付近には、幅四ないし五メートルの横断歩道が白線で表示されていること。また南北に通じる道路は、交差点のすぐ北側で北進道路と西北進道路とに分岐していること。

3  本件交差点の四つ角は、いずれも角切りがなされているが、その南西角の部分は、ほぼ道路際まで二階建家屋が建てられているため、本件交差点の西側道路の方から南側道路の方を見た場合、角切り部分より南方の見通しが悪いこと。

4  土田義男は加害車を運転して本件道路を東進し、本件交差点にさしかかつたが、その時対面信号が赤を表示していたため、前記横断歩道の手前で一時停止したこと。

5  他方、原告勇次郎は、事故当日、小学校三年生の兄とともに、祖母に届け物をするため、それぞれ自転車に乗つて、前記南北に通じる道路を北進し、本件交差点にさしかかつたのであるが、その際、兄が先に同交差点を走り過ぎたため、そのあとを追うことに気をとられ、対面する信号が赤に変つたのに気づかず、そのまま進行を続け、交差点内に進入したこと。なお、当時あたりはすでに暗くなりかけていたが、原告勇次郎の自転車は無灯火であつたこと。

6  土田義男は、対面する信号が青になつたのを見て、もはや側方の道路から本件交差点に進入してくる車両等はないものと考え、左右の安全を確認することなく直ちに発進を開始し、時速約一五キロメートルで五ないし六メートル進んだところ、自車の約一メートル余り右前方に、前記のとおり、自転車に乗つて北進してきた原告勇次郎を初めて発見し、直ちに急制動の措置をとるとともにハンドルを右に切つたが及ばず、本件交差点の中央からやや西側の場所で、加害車右前部を、同原告の自転車左側方中央部付近に衝突させ、同原告を自転車とともに転倒させたこと。

以上の事実が認められ、右認定に反する、原告勇次郎が本件交差点に進入した際、その対面する信号が青であつた旨の同原告本人尋問の結果の一部は、前掲各証拠、ことに証人村田貞次郎の証言に照らし、にわかに採用し難く、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

そして以上認定の事実によれば、土田義男は、加害車を運転して本件道路を東進し、本件交差点手前で一時停止したのち、青信号に変つた直後に発進し、本件交差点を通過しようとしたのであるが、同交差点の南西角には、建物が、ほぼ道路際いつぱいに建つていて、進路右側方(交差点南側道路)に対する見通しが悪い状況にあつたのであるから、かような場合、自動車運転者としては、信号が変つた直後においてはなお従前の信号に従つて渡り切れなかつた自転車等が右方から北進してくることのあることを予想し、進路右前方に対する注視を厳にするとともに、右方から進行してくる自転車等の動静に即座に対応できるよう、徐行しつつ進行すべき注意義務があるにもかかわらず、土田義男は対面する信号が青になつたのを見て、漫然右方から進行してくる自転車等はないものと軽信し、進路右前方に対する注視を怠つたまま、徐行することなく進行した過失により、折から赤信号に気づかず、右方(南側道路)から自転車に乗つて進行してきた原告勇次郎を、自車進路右前方約一メートル余の至近距離において初めて発見し、自車を同原告の自転車に衝突させたものと認められる。

よつて、被告らの免責の抗弁は、右のとおり加害車の運転手土田義男に過失が認められる以上、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

四  時効の抗弁

被告らは、原告らが本件事故の発生日である、昭和四六年一〇月二六日に、本件事故の加害者(賠償義務者)が被告北極販売であることを知つたから、消滅時効の起算点は右同日である旨主張するが、右事実を認めるに足りる証拠はない。

もつとも証人河原潔の証言中には、被告北極の従業員であつた同人は、事故後まもなく数回にわたり原告勇造(原告勇次郎の法定代理人親権者父)と本件事故についての示談の交渉をもち、その二回目位に原告らの自宅を訪れた際、同原告から北極と北極販売との区別を尋ねられたような記憶がある旨の証言があり、右証言によれば、本件事故後まもなくの示談の過程において、原告勇造は、本件事故の加害者(賠償義務者)が被告北極販売であることを知つたか、あるいは知り得たかのごとくにもみえるが、他方、〔証拠略〕によれば、前記示談の過程において加害者側で折衝にあたつたのは、河原潔、訴外中戸脩之などの被告北極の従業員であり、しかも右二名とも同被告の名称の入つた名刺を原告勇造に交付していること、および、事故後一週間から一〇日位して、示談書を原告ら方に郵送し、原告らに署名捺印を求めた際にも、被告北極の名が印刷された封筒を使つていた事実が認められるのであり、これらの事実からすれば、河原潔の前記証言部分をもつて、原告らが本件事故後の示談の過程において、本件事故の加害者(賠償義務者)が被告北極販売であることを知つたか、あるいは当然に知り得たものと推認することはできない。

かえつて、〔証拠略〕によれば、原告らは、右示談交渉の過程から、被告北極が賠償義務者であると考え、昭和四六年一〇月二四日、葛城簡易裁判所に、被告北極だけを相手方として本件事故による損害賠償につき調停を申立てたことが認められ、右事実によれば、原告らは事故後の示談交渉の過程では、いまだ被告北極販売が加害者(賠償義務者)であることを知らなかつたものと推認される。

そうすると、本件時効の起算点を昭和四三年一〇月二六日とする被告らの時効の抗弁は、これを採用することができない。

五  被告大正海上に対する保険金請求

1  請求原因二の3の(一)(保険契約の締結、保険期間内の事故の発生)の事実は、当事者間に争がない。原告は、被告北極販売に対して有する本件損害賠償請求権を保全するため、被告北極販売が被告大正海上に対して有する保険金請求権を代位行使する旨主張するのに対し、被告大正海上は保険金請求権の未発生、未確定、履行期未到来を主張し、代位要件の存在を争うので、以下順次判断する。

2  保険金請求権の未発生、未確定、履行期未到来等の主張について。

本件保険契約の内容となる自動車保険普通保険約款(昭和四〇年一〇月一日実施のもの)には、その第二章第一条に、「当会社は、被保険者が下記各号の事由により、法律上の損害賠償責任を負担することによつて被る損害を賠償責任条項および一般条項に従い、てん補する責に任ずる。」との旨の条項があることは、当裁判所に顕著な事実である。

そこで先ず、被保険者の保険金請求権の発生時期について判断すると、保険事故の発生により、加害者たる被保険者は被害者に対し直ちに法律上の損害賠償責任を負担するのであるから、右約款の解釈上、保険者もこれに対応して被保険者に対し、履行期は別として直ちに損害填補責任を負担するものと解される。従つて、被保険者の保険金請求権は保険事故の発生によつて即時に発生するものといわねばならない。

次に、右保険金請求権の履行期について判断すると、元来自動車対人賠償責任保険契約は、保険事故の発生により被保険者が損害賠償義務を負担することによつて被るべき実損害の填補を目的とするものであるところ、先ず被害者と加害者である被保険者との間(以下責任関係という)で損害賠償額を具体的に確定しない限り、保険者にとつて被保険者の実損害額が判明せず、従つて被保険者と保険者との間(以下保険関係という)においても保険契約上の具体的な填補額を決定することができない筋合であり、具体的な填補額の決定が不可能である間はその履行を義務づけることができないから、前記約款の解釈上、被保険者の有する保険金請求権の履行期は、被保険者の損害賠償額の確定(被保権者の敗訴判決の確定または保険者の承認ある示談の成立等による具体的な賠償額の確定)によつて到来するものと解するのが相当である。

そして本件の場合、原告と被告北極販売との間の損害賠償請求訴訟は未だ確定していないのであるから、被告北極販売の有する保険金請求権はその履行期が未到来であり、従つて原告は本件保険金請求権を現在給付の訴として代位行使することはできないが、弁論の全趣旨によれば、原告の本件保険金代位行使の訴には、予備的に、将来給付の訴の趣旨を含むものと認められるところ、本件のような債権者代位訴訟においては、その訴訟手続内で責任関係の審査がなされるものであり、かつ交通事故の被害者の早期救済の必要性にかんがみると、原告の右請求は将来給付の訴の要件を具備しているものといわねばならない。

なお被告大正海上は、責任関係において確定した損害額も、約款により、保険関係においてさらに賠償責任条項および一般条項に従つて、保険上填補さるべき損害額が確定しなければ保険金請求権は具体化、現実化しない旨主張するが、本件のような債権者代位訴訟においては、保険者たる被告大正海上は、代位訴訟の当事者として責任関係の審査に関与すると共に、保険関係上被保険者に対して有するすべての抗弁権を代位債権者たる原告に主張することができるのであるから、右保険関係上の損害額の確定(具体化、現実化)も、本件訴訟手続内で行い得るものというべきであり、従つて、同被告のこの点に関する主張は理由がない。

また同被告は、保険金請求権の履行期の到来には、右の、責任関係、保険関係における損害額の確定の後、さらに、被保険者が保険者に対し、約款所定の手続(所定の書類の提出等)を行うことを要する旨主張するが、右請求手続に関する約款は、本件のような訴訟手続によらない通常の場合における保険金請求の事務的手続を定めたにすぎないものであるから、同被告の右主張は理由がない。

3  代位要件の不存在の主張について

被告大正海上は、被保険者たる被告北極販売が、保険者たる被告大正海上に対して、本件につき適正査定の上、保険金を支払つて欲しい旨の要求をしていることから、本件では、債権者代位における債務者の権利不行使という要件を欠くものであり、また被告大正海上は被保険者敗訴の判決が確定したときは保険金を支払う意思と能力を有しているから債権者代位の必要性を欠くものである旨主張する。しかし、前述のとおり、自動車対人賠償責任保険における保険金請求権は、責任関係における損害賠償額の確定を待つて初めて履行期が到来し、その現実の行使が可能となることからすれば、右の責任関係が未だ確定していない段階で、被告北極販売が、被告大正海上に対して右要求をしたとしても、右は将来なされるべき保険金の支払を事実上促しているのにすぎず、代位要件の欠缺を来すべき保険金請求権の実効ある行使があつたものとはいえない。また、被保険者敗訴の判決が確定しても、被保険者が直ちに保険金の支払を受けられる法律上の保障はないのであるから、被害者の早期救済という観点からすれば、たとえ保険者において事実上保険金支払の意思を有しているとしても、なお債権者代位の必要性を阻却するものではない。よつて同被告の右主張は理由がない。

4  次に、〔証拠略〕によれば、被告北極販売は昭和四六年一一月一六日解散し現在無資力の状態にあることが認められる。

5  よつて被告大正海上は、原告(被害者)の被告北極販売(加害者たる被保険者)に対する本件損害賠償請求訴訟の勝訴判決が確定したときは、代位債権者たる原告に対し直接本件保険金(被告大正海上において格別の保険関係上の抗弁を主張しない本件においては、右保険金の額は、責任関係訴訟の判決により被告北極販売が原告に対し支払を命ぜられた損害賠償金の元本とこれに対する遅延損害金と同額の金員となる)を支払うべき義務がある。

第三損害

1  受傷、治療経過等

〔証拠略〕を総合すると、原告勇次郎は本件事故により頭部外傷第Ⅱ型の傷害を受け、右受傷により、貴島中央病院に二日間(実日数)通院し、その後大阪赤十字病院脳神経外科および同病院精神神経科に昭和四四年一月一六日から今日に至るまで通院を続けていること(昭和五〇年一月三〇日までの実通院日数は合計一一〇日間)、なおその間薬疹により同病院皮膚科に七日間(実日数)入院したことが認められ(〔証拠略〕によれば、同原告は仮性近視のため、同病院眼科にも通院した事実が認められるが、右仮性近視が、本件事故による前記受傷に基づくものであることを認めるに足る証拠はない。)、かつ後遺症(脳振盪後遺症)として、発作性頭痛および周期性(抑うつ性)気分変調等の症状が固定(昭和四六年一〇月三〇日頃固定)したことが認められる。

2  治療関係費 合計 六二万六六二一円

(一)  治療費 五三万三九四一円

〔証拠略〕を総合すると、原告勇次郎は前記貴島病院ないし大阪赤十字病院での治療費として、右金員を負担した事実が認められる。

(二)  通院付添費 六万四四〇〇円

〔証拠略〕を総合すると、同原告は原告勇次郎の前記入・通院に際し、同原告の父親として付添つたことが認められるところ、右付添費は、前記通院回数一一二回につき、一回五〇〇円、同入院日数七日につき、一日一二〇〇円とするのが相当であるので、原告勇次郎は、右付添費相当額六万四四〇〇円の損害を被つたものと認められる。

(三)  通院交通費 二万八二八〇円

〔証拠略〕を総合すると、原告勇次郎は前記通院に際し、一〇一回は電車代(付添人の分を含む)として、一回につき一八〇円、他の一一回はやむなくタクシーを利用してそのタクシー代として一一回分一万〇一〇〇円、合計二万八二八〇円を要した事実が認められる。

3  将来の逸失利益 二七三万三二〇九円

〔証拠略〕および、前記認定の受傷並びに後遺障害の部位程度によれば、原告勇次郎は現在一二才であるが、前記後遺障害のため、将来稼働可能年令の一八才に達した後も、少くとも二〇年間(三八才まで)はその労働能力の三〇%を喪失したままであろうと認められるから、同原告の将来の逸失利益を、労働省労働統計情報部発表の昭和四八年度賃金センサス第一巻第一表の、一八才の男子労働者、産業計、企業規模計の平均収入統計によつて認められる平均年収八一万〇二〇〇円を収入額算定の基礎とした上で、年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、二七三万三二〇九円となる。

算式 八一〇、二〇〇×〇・三×(一六・三七八-五・一三三)=二、七三三、二〇九

4  慰藉料 四〇〇万円

本件事故の態様、原告勇次郎の傷害の部位、程度、長期間にわたる治療の経過、後遺障害の内容程度とその学業生活に及ぼした影響、同原告の年令、原告らの家庭が右後遺障害によつて受けた影響その他諸般の事情を考えあわせると、原告勇次郎の慰藉料額は四〇〇万円とするのが相当であると認められる。

なお、〔証拠略〕によれば、原告勇造、同和子は、原告勇次郎の父母として、原告勇次郎の受傷により多大の精神的苦痛を受けたことが認められるけれども、不法行為によつて受傷した被害者の近親者は、被害者の受傷により、被害者が死亡した場合にも比肩すべき程度の甚大な精神的苦痛を受けたときに限つて近親者固有の慰藉料を請求することができるものと解されるところ、前記認定の原告勇次郎の傷害の部位程度、後遺症の程度等に照すと、本件はいまだ死亡に比肩すべき場合には当らないものと考えられるので、原告勇造、同和子の慰藉料請求は、これを認容することができない。

第四過失相殺

前記第二の三認定の事実によれば、本件事故の発生については原告勇次郎にも、無灯火の自転車で、赤信号に気づかず本件交差点に進入した過失が認められるところ、同原告が事故当時満六才七ケ月で小学校一年生であつたことや、前記認定の被告の過失の態様等諸般の事情を考慮すると、過失相殺として、同原告の損害の六割を減ずるのが相当と認められる。

よつて、過失相殺後の損害残額は、二九四万三九三二円となる。

算式(六二六、六二一+二、七三三、二〇九+四、〇〇〇、〇〇〇)×〇・四=二、九四三、九三二

第五損害の填補

請求原因四の事実は、原告らの自認するところである。

よつて、原告勇次郎の前記損害額から右填補分五〇万円を差引くと、残損害額は、二四四万三九三二円となる。

第六弁護士費用

本件事案の内容、審理経過、認容額等に照すと、原告勇次郎が被告らに対して、本件事故による損害として賠償を求め得る弁護士費用の額は二五万円とするのが相当であると認められる。

第七結論

よつて被告北極販売は、原告勇次郎に対し、二六九万三九三二円およびこれに対する本件不法行為の日の後である昭和四七年二月九日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、被告大正海上は、原告勇次郎の被告北極販売に対する本判決が確定したときは、原告勇次郎に対し、二六九万三九三二円およびこれに対する昭和四七年二月九日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、原告勇次郎の、右被告らに対する本訴請求は右の限度で正当であるからこれを認容し、同原告の右被告らに対するその余の請求、同原告の被告北極に対する本訴請求、および原告勇造、同和子の被告ら三名に対する本訴請求は、いずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 奥村正策 二井矢敏朗 及川憲夫)

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